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2006年12月21日 (木)

サヨナラの味

唇と唇が重なり合う。それは俺と彼女のキス。やわらかな感触で口がふさがり合い、互いに目をつぶった優しいキス。

幾度となくした、その中ではあまりにソフトなキス。

それは別れのキッカケ。決別するための最後の情交。

彼女の目からは涙があふれ頬を伝っていた。そしてそれは唇にも伝っている。

そのせいで、ソフトではあるが。

実にしょっぱいキスであった。

『サヨナラの味』

三月、中旬。

の休日。

お昼前のふとした時間帯。これから休日をどう過ごそうか決めても遅くないころに。俺は三年間つきそった彼女と川原に来ていた。

河川敷の土手うえの道を整列する桜は早くもチラホラと咲き始めている。その下のところどころ、河川敷に植えられている桜も同様。今年は暖かくなるのが早い。このぶんじゃー世間の卒業式では感動的に咲き誇っても、入学式のときにはもう散ってるなー。

まだ満開には程遠く、二分咲き、三分咲きといったところ。なのに気の早い花見連中が咲き具合と同じようにチラホラとそこらにいた。

彼らの盛り上がりも二分咲きぐらいか。

俺はそんなのんきな思考をしながら河川敷を歩いていた。流れる川面ものどかにゆらゆらしている。

いやーぁ、春だなぁ。

しかしとなりを歩きロングヘアをたなびかしている彼女の横顔はのどかとは言えない。むしろ険しい。

「なぁおい」

口を一文字に引き結んでもくもく歩く彼女に話しかけた。黙々としてるわりには、のんびり歩く俺に歩調は合わせている。

「どこまで行くんだ。歩きながらでも話はできるぞ」

「行きたいところがあるのっ!そこで話すのっ!歩きながらして話が終わっちゃったらイヤなのっ!!」

カッとこちらを見てガガッと返事がきた。

「・・・別れ話ならもう何度もしたろうに」

「だから話始めないでよっっ!」

ドグッと額に馬場チョップをくらった。

「・・・・、に、鈍く痛い・・・・!」

やられた額をおさえてうずくまった。あとを引く痛みだ。なんていやな攻撃。故・馬場氏はさすがだ。

「ほら行くよっ!」

自分で殴ったくせに、俺に手を差し伸べてうながしてくる彼女。

その手を取って、立ち上がり。

手を離し、俺たちはまた並んで歩き出した。

                       @

この春に、俺は上京することを決めた。新しい職場の誘いを受けたのだ。電車と飛行機だけで換算しても二時間はかかる場所。

話が来たとき、それは悩んだ。彼女がいたからだ。

ただ、いつかの会話で互いに冗談交じりに遠距離恋愛はいやだと言っていたのを思い出す。国内と言ってもその距離は充分に遠距離。

数ヶ月もの間、悩んだ挙句の結果として、俺は仕事のほうを選んだ。

それを切り出したのが、まだ年も明けて間もない二ヶ月も前の話。

それから別れる理由を納得させるのに一ヶ月。

「はぁ?なに言ってんのよ。聞こえない聞こえなーい」

「いや、だからな」

「聞こえなーい!!」

「・・・・」

いろいろゴタゴタしたりガタガタしたりとあったが、なんとか納得をしてもらった。

のだが、その次には

「私と別れたかったら、最後に一ヶ月つきっきりで盛大につくしなさいよ!」

「つきっきりって、仕事があるんだぞ」

「送り迎えもなにもかも!プライベートは全て私につくしなさい!」

「・・・えーと」

「返事は!?」

「やらせてもらいます」

という言葉により、言われたとおり付きっきり尽くしっきりで一ヶ月。

三年間いっしょだったから。別れるのにそれくらいするのは構わなかった。

そうこうして現在にいたる。

なんかもう、すっかり暖かくなったなあ。

今日は何の話なのか。

上京するまでにあと一週間となっている。

                       @

しばらくふたり無言のまま、ゆったりと河川敷を川下に歩く。

川の流れも俺たちに合わせようとしてるんじゃないかというほど、ゆったりしてるように感じる。実際はあっちのほうが速いんだけど。

「ストップ」

「え」

川面を眺めていたから分からなかった。

ふりむくと呼びかけた彼女と俺の前には一本の桜の木。だが花はつぼみがほとんどで、あとは咲きかけばかり。

花見連中もそりゃ、ここにはいないわけだ。彼らの姿はもう遠ざかり見えなくなっていた。

だけどつぼみの数は豊富なもので、1、2週間もすれば盛大に咲き開くことを予期させた。その頃にはここの下もにぎやかなんだろう。

見上げる桜はまだ淋しい。

「ここで、話、・・しよ」

うつむいて、泣き出しそうな声で言われた。長い髪に隠れて表情が見えにくい。

「わざわざこの桜の下でしたかったわけは?」

とくに思い出があるということはない、桜の木である。花見なら毎年もっと街に近いところに行っていた。

「ロマンチックに、したかったから」

・・・・・俺とお前の性格でか。

「口に出した時点で台無しじゃないのか」

「いーじゃん!わかってよ女心!」

ガバッと顔をあげてうったえられた。あー元気な顔だ。・・・・でも泣きそうではあるな。それにしてもそういう言動するから、もうロマンチックとは離れていってるなー。

「こんなろくに咲いてない桜の下でロマンチックになるか?もう少しぐらい待てばよかったじゃんか」

「花見客がいる中で別れ話なんかしたくないわよ!」

まぁ、それはごもっとも。桜が咲きだせば自然と花見客もふえる。

にしても、やっぱりまだ別れ話をするのか。今日の用件は結局そういうことらしい。

すでに彼女の目には涙がすこしずつたまりだしていた。

「・・・この一ヶ月、俺はお前にいつも以上のかなりの愛情をそそいだ。それはロマンチックだろう」

「なによ!私が言ったことでしょ!自発的にやったんならロマンもあったわよ!」

「自発的にやる前に、お前から言い出したんだろ・・・」

言われなくても、サッパリと別れる気はなかった。つくす気はありあまってた。最後だからというのもあったし、簡単に別れてしまう彼氏だったと思われるのもいやだったし。なにより、ながく愛してきた彼女だから。

「それは・・・・・!だって!」

あー、すごい泣き出しそうな顔だ。もう涙がたまってしまって決壊寸前だ。

・・・・・また愛したくなるじゃないか。

そんな顔をされたら。

「・・・・っっっ!愛情が、冷めたんだったら!!私だって・・・・・・!わ、私・・・だってえ!わたし・・・だっ・・う、・・・・ひっ、ひぐ、」

「『私だって』、なんだ」

しかし続くことはなく、

「・・、うぁ・・・・・うあ~ん!!」

決壊した。

子どもみたいに泣き出した。

「ひっく、ひぐ、うあ~ん!!」

ほんと、花見客がいなくてよかったなぁ。人前でこんな泣かれたらどうしよう。

「う、ひぐ、あ、あんたが・・・!あんたの愛情が、ひっく、冷めたんだったら、うく、う・・・・そうだったらあ!!」

ポロポロどころかボロボロ涙を流し、つっかえつっかえ話す。ほんとに子どもみたいな泣き方だ。・・・ロマンチックはいずこへ。

「だったら・・・・!う、ひぐ、・・ひっく・・・・私だって・・・!わ、わた、わたし、だって・・!あき、あきらめられら!!」

「『られら』?」

「うるさい!!・・・・・・う、うぅ~!」

袖で目をゴシゴシこすり涙をとめようとする。だけどボロボロは変わらない。頬に髪がはりつき、こすったせいで赤くなり。鼻水も出てくる次第だ。

「じゃあもう冷めた」

「もう少しマシな嘘つきなさいよ!」

一喝。

ひっくと一度つまって、そして鼻をすする。

「あんなに優しくしといて説得力ないわよ!」

さらに一喝。

・・・『盛大につくせ』とか言ったくせに。

俺は彼女と反して泰然としていた。ここまで感情をあらわにされるのもめずらしい。

今まで納得させるために何度もした別れ話では、ここまで情緒不安定になられることはなかった。

怒ったので泣くのは一時休止になったらしい。涙でぐちゃぐちゃになった顔は、すこし凛となる。

「・・・あんたは、私のこと・・う、・・ひっく・・・・・嫌いになった、わけでもないのに・・・・」

「じゃあこれからなろう」

「やってみなさいよ!」

「無理です。すいません」

軽口は許してくれない。・・・なんか怒鳴られてばっかりだ。

「どうして・・・・ひっく、・・・うっく、・・そんなに、平然としてるのよ・・・・私、こんなに、ひっく・・・淋しいのに・・っっ・・・!悲しいのに、ぃ・・・・!!」

恨むように、責めるように言って。また涙を流してうつむく。

それは、子どもみたいないじけた姿。

俺たちは大人で、三年もつきあって。どうして別れるかは、ちゃんとわかってる。つなぎとめても仕方ないこともわかってる。

「じゃあ遠距離恋愛するか?」

「お断りよ!」

うつむいたままで即却下。ふたりとも、答えはもう出ているのだ。

だけど言い出したのは俺のほう。俺が勝手に決めた。彼女は覚悟するにもあきらめるにも、二ヶ月では足りなかった。

「俺が決めたことだしな。それに、満足してるんだよ」

「・・・・なにによ」

涙でべたべたな顔、涙はたまってるけど恨みがましい目つきを向けて訊いてくる。

「お前と三年もつきあってきたことに」

回想とともに彼女に向けて笑いかけた。

もともと、俺の熱烈な恋愛だった。

大学のとき、構内で一コ下の彼女を何度か見かける内にほれた。告白はしたがフラれ、だがしつこくあきらめないで求愛していたら一年して、なんと向こうから告白された。

その後、俺が卒業し彼女が卒業し、互いに社会人になってつきあってる年数は三年になっていた。

「私に火つけたのはあんたよ!断ってもあきらめないでずっとつきまとって!!だから・・・・!だから!!・・なのに・・・・!なのになんであんたからふるわけ!?なんで火つけてどっか行っちゃうの!!?・・・・・っっ!なんで・・・・・!!なんで!!!・・っこの恋愛放火魔!!」

ルパンにも劣らぬステキな犯罪者だなそれは・・・。

涙を流しながら一息に文句を言い連ねて。それでもまだボロボロと流している。

「まぁ、二年ぐらいは帰ってくるつもりはないからな。それまでに俺がガッカリするほどダメな男でもつかまえとけよ」

「なんでよ!あんたよりず~っといい男つかまえてやるわよ!!」

くわっ、と返してくれる。

ボロボロ泣いてても元気なもんだ。

「けっこうなことだよ。そんだけ吐き出せば少しはスッキリしただろ。がんばれ」

俺は笑ってた。

「帰ってきた時、めいっぱい嫉妬と後悔させてみろ」

泣きながら、彼女は顔をくしゃりと歪ませた。

そしてしおらしく、

「・・・・・・・・・・・うん」

震える声でこくりと頷いた。

そのまま顔は上がらない。そんなに素直になるところかな・・・。まぁいいか。

「残り一週間、会わないほうがいいな。これで最後だ」

本当に別れるまでの、その猶予期間を俺は失くす。でも、頷いたまま下を向いている彼女は何も言ってこない。

・・・もう帰るかな。

そう思いかけたときに、

「今日、うちに泊まってって」

なんて言い出した。

「・・・だめだ。というか今、これで最後って言っただろ」

「じゃあキスして!」

「お前な」

「してっ!!」

顔をあげて、必死に願っていた。

髪はぐちゃぐちゃ頬にくっついて、ポロポロボロボロまだ貯水があるのか涙は氾濫していて。拳はギュッと裾を握っていて。彼女の足元の土は、涙ですっかり変色して湿っていて。

風が吹いて、髪がゆらめいて。

すごく、綺麗で。

つぼみだらけの桜の木の下。それは確かにロマンチックな情景だった。

・・・・・ロマンチックにしたかったって、言ってたもんな・・・。

・・・・・・・・、うん。

俺は両手でその頬をはさみ、くっついてる髪をすこしずつとっていく。

彼女が目を閉じ、俺も目標を確認して目を閉じて。

そして。

キスをした。

顔を離し、体も離し、俺たちはこれで終わる。

「・・・・・もっかいして」

・・・と思ったら相手は往生際が悪かった。

「ダメ」

「だって、・・だって!」

「あーもう。お前は川下のほうに向かって歩いていけ。俺は川上のほう行く。じゃな」

「じゃ、やっぱりうちに泊まってって!」

「ダメって言ったじゃん!ひとの話聞けよ!」

「う~!舌ぁ!やっぱり舌入れたほうがいい~!!」

「大声で何を言うかあ!!」

ロマンチック台無し。

やっぱり俺とお前じゃ無理だ。

「もう帰る!さよなら!」

言ったとおり、木の下を離れて俺は川上へ歩いていく。遠ざかる愛するひと。

その気配も、木の下を離れて歩いていくようだった。俺の言ったとおり、俺とは反対側へ。

どんどん遠ざかる足音。

ふと、それが止まった。

「ねえ!」

突然の掛け声に、俺も足を止めそうになった。

だめだめ。もうさよならなんだ。

「ねえ!好きだった!!」

けれどその声に、止まってしまった。

・・・好き、・・『だった』・・・・?

そして振り向いてしまった。

向こうで彼女が両手をにぎりしめ、俺に向けて大声で言った。ぐちゃぐちゃな髪をなびかせボロボロの顔で、言った。

「好きだったよ!!!」

それは精一杯のつよがり。

精一杯の気遣い。

俺たちの関係が終わったことを認めた、精一杯の言葉。

「・・・あ・・」

なにか言いたかったけど。そんな間もくれず背を向けて彼女は歩き出した。

「俺も!」

でもとりあえず言い返しといた。

「俺も好きだった!!」

その声に、彼女が足を止めることはなかった。

袖で涙を拭きながら歩いていくその後ろ姿をしばらく眺めて、俺もまた歩き出す。

川上へ。彼女は川下へ。

そうして遠ざかっていく。

桜がまだ咲き始めるその頃に

風も川も穏やかな昼前の河川敷で

俺たちは別れた。

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